復活節第3主日「ヨハネ福音書21章は使徒言行録」(小林史明司祭)(2019年5月5日)

今日の福音書は、ヨハネ福音書の21章です。20章のおわりまでだった先週のお話の続きです。復活 の日の夕方とその一週間後、イエス様は弟子たちに現れたのですが、場所は都のエルサレムでした。と ころが、今日のところでは、弟子たちは都から100キロ以上離れたガリラヤに帰っています。シモン・ ペトロはまた漁に出るということで、他の弟子たちもそれに加わります。そうすると、魚は最初獲れなかったのですが、岸からイエス様がアドバイスすると、たくさんの魚が獲れました。まるで彼らが弟子になった、最初の時に戻ったような印象です。ただ、違うことがいくつかあります。 

 

・取れた魚の数が153匹とわざわざ数字が書かれています。 

・弟子になる時の大漁の話では、網は破れそうになるのですが、今日の話では破れない。大丈夫。 

・そして、何より面白いのは、イエス様が弟子たちの魚とは別に、もう魚とパンを用意している点です。 

 

それから、最後の方で『13:イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。14:イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。』とあります。 

 

パンと魚が出てくると、すぐに頭にうかぶ話があります。どの福音書にも載っている、5つのパンと2匹の魚で、5000人もの人々が満腹した話です。あれは、どこで起こった話か、みなさん覚えておられるでしょう。あれもガリラヤ湖の周辺で起こった出来事でした。このパンと魚が増える奇跡は、当時の人々には、よっぽど印象深い出来事だったのでしょう。 

 

ただ、どうも、このヨハネによる福音書は、そこに出てくる言葉、特に湖の名前に隠して、何か大切な ことを伝えようとしているような気がしてなりません。他の福音書では、この奇跡が起こった湖を「ガ リラヤ湖」とか「ゲネサレト湖」という言い方をしているんですが、今日の福音書の最初では「ティベ リアス湖畔」と書かれています。また、5000人を養ったお話の時は、これは6章の最初に出てくる のですが、「ガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた」と書かれているのです。このティベリアスという表現はヨハネによる福音書にだけ出てきます。 

 

ティベリアスは町の名前です。それは、ガリラヤ湖の西側にありました。このティベリアスというのは、 その当時のローマ皇帝ティベリアスの名前から取って付けられた町の名前です。ここにはローマ風の建 物や町ができて、領主のヘロデ・アンティパスなどもここに住んでいたようです。しかし、ローマ風の名前で、外国人ばかりが多く住んでいたので、この町にはイエス様は足を踏み入れていません。

 

そんな町の名前を、このヨハネによる福音書だけは、使っているんです。これは、ただローマ風の言葉を取り入れた、ということだけではないのではないか。復活されたイエス様が、先週の福音書では「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」とか、「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」というふうに言われて、もうイエス様は弟子たちを伝道に派遣しておられるんです。

 そして、復活したイエス様の姿を弟子たちは、見て喜んだ、と書かれていました。彼らはもう、元の漁師になって故郷に戻るのではなく、新しいつとめのために、イエス様によって派遣されているのです。ですから、ペトロが漁をしたという「ティベリアス湖畔」というのは、本当は彼らが元々漁師をしていた、ガリラヤ湖ではなく、地中海沿岸のローマ帝国に伝道にでかけた、ということではないか、と私には思えるのです。 

 

イエス様は、ルカによる福音書の5章で、たくさんの魚が取れた時、シモン・ペトロに「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」と言われているんです。 

 

ですから、今日の福音書の中で、「私は漁に行く」とペトロが言い、「わたしたちも一緒に行こう」と他 の者たちが発言しているのは、伝道に行った、ということではないか、と私は思うのです。 

 

魚を捕りに行って、153匹取れたのに、網は破れなかったというのも象徴的な意味があるような気がします。注解書で、当時のローマ帝国の世界である地中海には、153種類の魚がいた、という風に説明されているものが何冊かあります。ガリラヤ湖だったら、淡水ですから、そんなに種類はいません。 

 

ペトロたちが伝道した初代教会には、世界のあらゆる人種や民族の人々がそのメンバーになるのですが、いろんな人々が入ってくる教会は、その中で起こる問題でもビクともしない、丈夫な教会であることを、この破れない網が示しているのです。 

 

それからもうひとつ。今日のところで出てくる『魚』という言葉のことです。日本語では、同じ漢字ですが、実は2種類のギリシャ語で書かれているのです。他の福音書では、魚はすべて同じ言葉を使って います。ところが、このヨハネによる福音書は違います。 

 

① 漁師が獲った後、人の手によって食べられるように調理したもの  オプサリオン 

② 漁師が網で引き上げたばかりの、生き生きした魚  イクトゥス 

 

このふたつを、このヨハネによる福音書だけは使い分けているんです。他の福音書は全部②イクトゥス 

 

6章で子どもが持って来た2匹の魚や、それをイエス様が手にとって感謝した、魚。子どもがパンと一緒に持っていたのは、保存のできる、干物だったのではないでしょうか。そして、今日のイエス様が炭火を起こして焼いておられた魚。これらは、調理した魚に使われるもので す。オプサリオン、と呼んでいます。 

 

それに対して、ペトロたちが獲りに行ったのは、生きた魚。イクトゥスと呼んでいます。 そして、このイクトゥスこそ、「イエス・キリスト・神の・子・救い主」というギリシャ語の単語のかしら文字を書き並べたら、魚であるイクトゥスになるんです。

ΙΗΣΟΥΣ(イエス)ΧΡΙΣΤΟΣ(キリスト)ΘΕΟΥ(神の)ΥΙΟΣ(息子)ΣΩΤΗΡ(救い主) クオヴァディスの映画などで、たびたび出てくるのを皆さんは見られたでしょうか。クリスチャン同士を確認するために、簡単な魚のマークを 書いて、暗号にしていたんです。

ペトロたちが、漁に行って、最初は何も獲れなかったけど、イエス様のアドバイスを聞いて網を投げる と153匹の魚が獲れた、というのは、ペトロが人間を獲る漁師になって、教会にいろんな人種や民族 の人々が入ってきたことを意味しているのです。 

 

このような魚のマークは、キリスト教の置物やワッペンなどでもよく見られるものです。十字架がキリスト教のシンボルになる前に、初代教会の迫害時代にさかのぼる、重要なしるしです。 

 

ほかの福音書で使われている魚は、すべてこの「イクトゥス」というギリシャ語です。 

 

さて、それでは、子どもが持ってきた二匹の魚や、イエス様が炭火をおこして、その上で焼いていた魚は何のことでしょう。これはパンと一緒に食べるものですね。私は、これがヨハネによる福音書の、聖餐式を意味していると思うのです。 

 

ヨハネによる福音書では、最後の晩餐の時には、弟子の足を洗っただけで、パンとぶどう酒のお話は、ありません。しかし、パンと魚が増えて5000人を養った奇跡の物語のあとで、イエス様は「私は命のパンである」と言われて、聖餐式の重要さを、そこで語っておられるのです。そして、その有名なパ ンの増加の奇跡物語は、ガリラヤ湖、つまりティベリアス湖畔で行われ、その時、弟子たちはイエス様 と一緒に、パンと魚の食事を共にされていたように描かれています。それが21章で再現された、という理解でいいのではないでしょうか。 

 

先週の福音書の最後に、「本書の目的」というのがあって、『20:30 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。20:31 これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。』 これで、一応ヨハネによる福音書は完結しています。 

 

しかし、20章でイエス様によって派遣された弟子たちが、人を捕る漁師として世界に出て行ったことと、イエス様こそが私たちを神様の所へ導く救い主だ、ということを、21章の、私たちになじみ深い魚を捕る話と、パンと魚で食事をしたお話によって、説明しているように思えてならないのです。 

 

私たちは、このヨハネによる福音書21章は、20章までの福音書から展開して、ちょうどルカによる 福音書を書いたルカが、続いて弟子たちの活動の使徒言行録を書いたように、弟子たちの信仰告白、また弟子たちの活動の記録とも読むことができるのではないでしょうか。 

 

そして、わたしたちも、新しい漁に出るように、促されているように思います。キリストの新しい命を受けて、出てゆくものになりましょう。